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偽島に生息する未確認生命体F:フレグランスの記録帳
2024年11月24日 (Sun)
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2010年02月20日 (Sat)

『ティムティム?』
【ブワセック!】

『お話を始めよう。これは偽の島に辿り着いた、ある怪人と、彼を取り巻く人々の物語』


第十六夜:屍人

「だからよぉ……っ、八っつぁんは化けて出たんだよ!」

日の当らない裏長屋の一角、布団を頭から被って震える店子の様子に差配の老人は頭を振った。
つい先日、近頃江戸中を震え上がらせている怪死事件で幼馴染を失ったばかりの若者は、その日から商売を休んで長屋に引き篭もっているのだ。常ならば日に何 度も天秤棒を担いで威勢の良い声で蜆を売り歩く彼の姿が見えぬと心配する長屋の住人達に担ぎ出され、こうして様子を見に来ても八──幼馴染が化けて出ただ の、死人と話をしただのと要領を得ぬうわごとばかりを繰り返す当の本人は、布団の中からギラ付く眼を向けるばかりで取り付く島もない。

「おい熊公好い加減にしやがれ、八吾郎の事ぁ長屋の皆で金を出し合ってねんごろに葬ったじゃねえか」

長屋の住人達からかかる声にも、熊と呼ばれた男は名に恥じぬ大きな体躯をただ縮込ませて頑なに首を振るばかりだ。

「仏麗倶蘭西だ、仏麗倶蘭西に殺されて恨めしい、って
八っつぁんはそう言ってんだ、他にも死人歩きがたくさん出てる、って皆が噂してんのだって俺ぁ知ってる」

熊の言葉に皆一様に口を噤んだ。それまでざわついていた裏通りが奇妙に静まり返った。
────死人歩き。昨今江戸市中に流布する多くの噂の中の一つ、連日の不可解な殺しの被害者達が夜な夜な寝静まった街の中を歩き回っている、と言う恐ろしげな話はこの深川にも伝わっている。
仏麗倶蘭西とはその噂以前に現れたと言う怪しげな盗人の名ではなかったか、と一拍遅れてざわ付き出す住人達を宥めながら、差配の老人は上り框に下ろしていた腰を浮かして「これ」と熊の布団を叩いた。

「滅多な事を言うもんでない、今こちらに桂木様がいらっしゃる事になってるんだ、
あの方に妄想の類をお聞かせするつもりかい」

「いや───その話、聞かせて貰おうか」

怯える店子を嗜める差配人の言葉に低い声音が割って入った。
振り向けば、黒羽織を着込んだ四十がらみの同心の姿が戸口に覗いている。

「桂木様」

差配人に呼ばれた男は頷いて、狭い長屋の中に足を踏み入れた。




「旦那、結局目新しい話ぁありませんでしたな」

己の引き連れた小者の言葉に曖昧な相槌を返しながら、本所方同心桂木は溜息を投げ捨てるように掘割を覗き込んだ。冬晴れの青空と、己の渋い顔が黒い水面に映っている。
姿無き殺人者への恐怖が生み出した根も葉もない噂──なのだろうか、死んだ筈の者が起き上がり、街を徘徊するなどと言う話がこの界隈だけでなく大きな商家 の立ち並ぶ日本橋のあたりや同心の住まう八丁堀、はては上役である与力曰くどこそこの旗本屋敷でも持ち上がっていると言う。
先程の棒天振の男のように、死んだ筈の人間と話をしただの姿形がそっくりだっただの、やけに無表情だっただの、と具体的な話を語る目撃者も居る。

「幻を見たにしては皆一様に声を揃えて似たような事を言う」

死人を見たとの噂が広まり、皆が知っているが故に己も同じような幻を見たと錯覚した者が出るのだろう──桂木の同僚の中にはそのような事を言う者も居る。
自身もその可能性は否定出来ぬと思いながらも頭の隅に何か引っかかっているようなもどかしさを感じて同心はもう一つ大きな嘆息を掘割に投げ入れた。
年を経て刻み込まれた眉間の皺を指先で揉み解しつつ見廻りに戻るか、と踵を返しかけてふと目の端を青いきらめきが過ぎるのを感じて足を止める。

それは間近を通りかかった娘の髪を飾る簪の細工であった。
蝶だ。蝶を象っている。

娘の髪でちらちらと光を跳ね返しながら飛ぶ飾りを目を細めて眺める桂木の視線を追って、ひょいと首を伸ばした小者が「ははあ」と頷いた。

「あいつぁ、蝶姫様の御守りですなあ、旦那」

「蝶姫?」

知らぬのですか、と大仰に驚いて見せる小者が言うには、流行りのまじないなのだとか。
恋の御守りと聞いて改めて周囲を見回せば、年頃の娘達の簪やら櫛やら帯やらに青白い蝶の細工が踊っている。それはまるで蝶の群が街中を漂っているようにも見え、同心は顔を顰めた。

「このような時に良くもそのようなまじないに浮かれておれるものだ」

「このような時だからこそ、ですよ桂木様。
とかく不安を忘れたいんでさぁ、いつ何があるかわかったもんじゃありやせんからね」

忠義者ではあるがやもめの小者が訳知り顔で「娘心ってもんでさぁ」と頷く様子に思わず笑みを零しかけ、その肩越しに黒い羽織を見て思わずその笑みを飲み込む。
着流しに羽織の裾を内側に捲り上げて端を帯に挟み、短く着ているその姿は同心のもの。己の受け持ちの町内に他の同心の姿が在るとなれば何ぞまた事件であろうか、と小者を促し、其方へ歩み出す。

「また殺しであろうか」

ひらひらと飛び回る青い蝶の群の中に浮き上がる黒紋付姿はまるで死神のように不吉に見え、市井の者からすれば己もまた死神の一員であるのだろうか、とやくたいもない考えが浮かぶ頭を振って散らそうとする。
足を速めて歩き同心との距離を詰める内、後ろにつき従う小者が「あ」と短く声を上げた。
同時に桂木もまた思わず歩みを止める。
近付いた同心の横顔は、桂木の知る若者に酷似していたのだ。

「あ、あれは……定町廻りの、行方知れずだ、って言う」

震える声で小者が告げる。……桂木にもわかった。剣術の稽古の際に居合わせた事がある程度ではあるが、その腕前に感心させられた事もある。失踪を遂げ、或いは殺されたのではないかと言われている、

「武蔵様じゃあないですか」

武蔵景元───呟いたつもりが、桂木の声はひゅう、と掠れた呼吸音に紛れて零れる事はなかった。



第十七夜:バレンタインデイ・キッス


フレグランス「大変だよ!!!僕テレビで観た事あるよ、バレンタインにチョコ貰えない奴は不幸になる上にしっと団って言う禍々しい暗黒集団の呪いで爆発しちゃうんだよ、うわああああん!!!!

野営地にこだまするフレグランスの嘆きに景元が飽きれかえった視線を投げているが、フレグランスに気付く余裕などありはしない。
無論、己の言葉を遮るように「ポフコにやる事にする」と言い放ったさなぎの心情にも思い至る事なく、「どうしようどうしよう」と右往左往してばかりいる。

まともにものを教えられた事などない怪人の知識は、大都市の街角で始終垂れ流されているテレビ放送から得たものが主である。ねぐらにしていたビルの屋上か ら対面のビルの壁面に取り付けられた大ビジョンに映し出される映像は、時代を切り取るニュースや現代の若者達の風俗から古い世代の豆知識を齎す事もあった が、作り事のドラマや映画、アニメーション、ひっきりなしに流される宣伝やバラエティの類に至るまで怪人にとっては真───虚実を振り分ける指針も何も持 たない彼には、全てが本当の事、だった。

「今頃日本中のしっと団が呪いの儀式をやってるに違いないんだよ、
バレンタイン爆発しろ!とか、リア充爆発しろ!とか!」

チョコレートを一つも貰えなかったら僕爆発しちゃうんだよ、と懸命に訴える相手がチョコレートなど見た事も聞いた事も無い……ので当然バレンタインに貰った事も無い筈の江戸の住人である事すら頭から飛んでいた。




【フレグランスは爆発しちゃったの?それじゃこのお話はおしまい?】
『そんな事があるもんか、チョコレートがもらえなくて爆発する怪人なんて聞いた事がない。』
『あんまり大騒ぎしているものだから人目を惹いたのだろうね、ほら、フレグランスに近付いて来る女の子がいるよ』

フレグランス「うっ……ちひろん、かげもっちゃん、短い間だったけど僕二人と親友になれてよかったよ、僕の事忘れないでね」

『───本人は気付いていないけどね。さて、はつかねずみがやって来たよ、今夜のお話はこれでお終い。』


次回──第十八夜:新たなる怪人の影
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自慢の逸品
余りのかわゆさに飾らずにはいられない
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