偽島に生息する未確認生命体F:フレグランスの記録帳
『ティムティム?』 |
【ブワセック!】 |
『お話を始めよう。これは偽の島に辿り着いた、ある怪人と、彼を取り巻く人々の物語』 |
第十八夜:新たなる怪人の影
「本日も収穫、なし……ですか。
『彼等』は業を煮やしている事でしょうね、アブソルート」
ネオンサインの消えた鉄塔に寄りかかりながら、黒い異形は目を細めた。──否、正確には眼窩に当たるであろう部位から刺す光が弱まっただけなのだが。
無骨で巨大なそれは、彼の大柄な体躯を預けても軋み一つ上げはしない。疾駆する風が耳元で上げるか細い悲鳴めいた唸り声に耳を傾けながら鉄骨に腰を下ろせば、夜明けへと向かう街を睥睨する高度は玉座にも似て、異形の心に密かな充足感を齎した。
傍らに佇む仲間に投げ掛けた言葉は「ふん」と小さく鼻を鳴らす音に一蹴される。
「『奴等』の都合など知るか」
短い返答に苦笑して、肩を竦める。
何処か外国の俳優を思わせる作り物めいた仕草は人に擬態し、彼らに紛れる内に身に付けたもの。それが本性に戻っても癖となって残ってしまった。
同時に、東の空に一条、明るい光が射す───居残っていた夜の帳を押し開けるようにして旭日が昇って来たのだ。光は青く沈んでいた街へと広がり、朝靄の中に建物や木々の色を浮かび上がらせて行く。それまでくすんだ色をしていた鉄塔も、見る間に鮮やかな赤を取り戻した。
青黒い鱗と外殻を持つ同輩は忌々しげに唸り声めいたものを返して振り向いた。きっと、目を焼く陽光から顔を背けたのだろう。
「それより、ベラが面白いものを見つけた。……あの出来損ないだ」
「フレグランスの事ですか?」
アブソルートと呼ばれた男は、長銃の銃身を空いた掌の上で軽く弾ませるようにして弄びながら首肯し、低く哂った。
「『奴等』が血眼になって探していた宝玉やらがあると言う島に居るそうだ。ベラの息の掛かった一族の娘とな。
………俺は此方の計画通り進めば不要と見てはいるが、あって困るものでなし、」
お前、様子を見て来い、と気軽に遣いを命じるような口調で言い放ち、アブソルートは相対する仲間の額へ銃口を向けた。
折りしも昇り来る旭日を背負い金色に縁取られた怪人は巨大な影のように黒々と見え、同色の三対の眼窩が有無を言わせぬ様子で光る。
「やれやれ、子供のお守り役ですか……良いでしょう、ベラに行かせても良いと思うのですがね」
膝を払って立ち上がる怪人の言葉に今度はアブソルートが肩を竦めた。
女怪を今、自分の傍から手放すつもりはないと言う事か、とその反応に頷いて両手を挙げる。
「了解です。では連絡はベラを通じて、と言う事で」
──────その日、東京タワーから天を貫く大きな光の柱が昇った、と言う噂が都民の間で囁かれた。
第十九夜:衝突
「誰にも───、それがフレグランスさんにであっても否定されては黙っていられません」
投げつけられた言葉や敵意は、向けられた得物で突かれるよりも深くフレグランスの胸を抉った。
己の失言でこうも激昂させてしまった少女から漂う香りは、怒りと、そして彼女だけのものではない幾重にも積み重ねられた悲しみの色に満ちていたのだ。
「さなぎちゃん……」
彼女の周囲を舞う青い蝶達の群が羽ばたく度ちらちらと視界を掠めて、細かな鱗粉がまるでノイズのように彼女の輪郭を不明瞭なものにさせて行く。
「さなぎ、ちゃん」
呼びかけても、彼女は槍を下ろしてはくれなかった。
「さなぎちゃ、……」
途方に暮れたフレグランスの腕はだらりと下ろされ───その腕で彼女を打ち据える事など、考えられなかった───ただ彼女の名を繰り返す事しか出来ずに居た。
莫迦みたいだ、と己でも思いはするが、それでも上手く体は動かない。
耳元に、妖艶な女の笑い声が聞こえたような気がした。
次回──第二十夜:傀儡
『彼等』は業を煮やしている事でしょうね、アブソルート」
ネオンサインの消えた鉄塔に寄りかかりながら、黒い異形は目を細めた。──否、正確には眼窩に当たるであろう部位から刺す光が弱まっただけなのだが。
無骨で巨大なそれは、彼の大柄な体躯を預けても軋み一つ上げはしない。疾駆する風が耳元で上げるか細い悲鳴めいた唸り声に耳を傾けながら鉄骨に腰を下ろせば、夜明けへと向かう街を睥睨する高度は玉座にも似て、異形の心に密かな充足感を齎した。
傍らに佇む仲間に投げ掛けた言葉は「ふん」と小さく鼻を鳴らす音に一蹴される。
「『奴等』の都合など知るか」
短い返答に苦笑して、肩を竦める。
何処か外国の俳優を思わせる作り物めいた仕草は人に擬態し、彼らに紛れる内に身に付けたもの。それが本性に戻っても癖となって残ってしまった。
同時に、東の空に一条、明るい光が射す───居残っていた夜の帳を押し開けるようにして旭日が昇って来たのだ。光は青く沈んでいた街へと広がり、朝靄の中に建物や木々の色を浮かび上がらせて行く。それまでくすんだ色をしていた鉄塔も、見る間に鮮やかな赤を取り戻した。
青黒い鱗と外殻を持つ同輩は忌々しげに唸り声めいたものを返して振り向いた。きっと、目を焼く陽光から顔を背けたのだろう。
「それより、ベラが面白いものを見つけた。……あの出来損ないだ」
「フレグランスの事ですか?」
アブソルートと呼ばれた男は、長銃の銃身を空いた掌の上で軽く弾ませるようにして弄びながら首肯し、低く哂った。
「『奴等』が血眼になって探していた宝玉やらがあると言う島に居るそうだ。ベラの息の掛かった一族の娘とな。
………俺は此方の計画通り進めば不要と見てはいるが、あって困るものでなし、」
お前、様子を見て来い、と気軽に遣いを命じるような口調で言い放ち、アブソルートは相対する仲間の額へ銃口を向けた。
折りしも昇り来る旭日を背負い金色に縁取られた怪人は巨大な影のように黒々と見え、同色の三対の眼窩が有無を言わせぬ様子で光る。
「やれやれ、子供のお守り役ですか……良いでしょう、ベラに行かせても良いと思うのですがね」
膝を払って立ち上がる怪人の言葉に今度はアブソルートが肩を竦めた。
女怪を今、自分の傍から手放すつもりはないと言う事か、とその反応に頷いて両手を挙げる。
「了解です。では連絡はベラを通じて、と言う事で」
──────その日、東京タワーから天を貫く大きな光の柱が昇った、と言う噂が都民の間で囁かれた。
第十九夜:衝突
「誰にも───、それがフレグランスさんにであっても否定されては黙っていられません」
投げつけられた言葉や敵意は、向けられた得物で突かれるよりも深くフレグランスの胸を抉った。
己の失言でこうも激昂させてしまった少女から漂う香りは、怒りと、そして彼女だけのものではない幾重にも積み重ねられた悲しみの色に満ちていたのだ。
「さなぎちゃん……」
彼女の周囲を舞う青い蝶達の群が羽ばたく度ちらちらと視界を掠めて、細かな鱗粉がまるでノイズのように彼女の輪郭を不明瞭なものにさせて行く。
「さなぎ、ちゃん」
呼びかけても、彼女は槍を下ろしてはくれなかった。
「さなぎちゃ、……」
途方に暮れたフレグランスの腕はだらりと下ろされ───その腕で彼女を打ち据える事など、考えられなかった───ただ彼女の名を繰り返す事しか出来ずに居た。
莫迦みたいだ、と己でも思いはするが、それでも上手く体は動かない。
耳元に、妖艶な女の笑い声が聞こえたような気がした。
『はつかねずみがやって来たよ、今夜のお話はこれでお終い。』 |
次回──第二十夜:傀儡
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