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偽島に生息する未確認生命体F:フレグランスの記録帳
2024年11月23日 (Sat)
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2009年12月11日 (Fri)

『ティムティム?』
【ブワセック!】

『お話を始めよう。これは偽の島に辿り着いた、ある怪人と、彼を取り巻く人々の物語』


第七夜:新たなる道



───記録した魔法陣の文様を思い描く。
ただそれだけで、遺跡に働く機構とその内に満ちるマナは探索者達の身をそれぞれの地点へと転移させる。これがどのような仕組みで動いているのか、フレグランスの知る所ではない。
少なくとも己の記憶にある21世紀の日本にはそのような技術は存在しなかった筈だ───尤も、彼の地にとっては怪人自身の存在もまた異質、有り得ぬものであったが。
わからないものに身を任せる事に不安はない。むしろ有り余る好奇心できょろきょろと周囲を見回しては僅かな浮遊感の後に切り替わる景色にバイザーの奥で緑色の光を瞬かせていた。

「凄いねえ、本当に凄いね、この仕組みは。
一体誰が考えたんだろうねえ」

一行の体が一度マナにより分解され、再構築された地点は確かに先日辿り着いた地点。天空の星を冠する名を付けられた魔法陣と、その周囲を取り囲む壁面、澄んだ清水を湛える水路と石造りの床を見回してはしゃぐフレグランスの鉤爪を、ポフポコがきゅっと握り締めた。
きらきらと光る妖精の瞳は零れ落ちんばかりに好奇心に見開かれてはいるが、先日のように不用意に石の回廊の先へ飛び出して行こうとはしない。用心と言うものを覚えたのだろう、思わず先日の突進を思い出して笑みが零れそうになるが、喉の奥に飲み込んで隠した。

壁の曲がり角へと先行し、行く手を伺った千仭が頷くのを見て「行こうか」と幼子を促し歩き出す。暫くは側溝のような水路と共に進む道は、行く手の砂地から細かい粒が運ばれて来るのだろう、踏み締めれば足元でじゃり、と音を立てた。

「この先、これまでと同様に順調に進めるのでしょうか。
遺跡外でお買い物中に探索者の方々とお話をしたのですが、地形によってはかなり手強い獣が襲って来る、とか」

「そうらしいね」

気負わぬ様子でありながら、周囲に目を配り歩く仲間達の言葉が耳に届く。
それはフレグランスもふらふらと露店を回る間、もしくは手に入れた香気を詰めた瓶を望む者に配って歩く間に聞きかじって居た事でもある。
何やら異様な金属質の光沢を持った異形の姿の者が現れ話し掛けて来た、と言う証言も。

「他に僕のような怪人が潜んでいたりとか、するんだろうか」

───例えば、己や千仭、景元をこの島へ送り込んだあの未確認生命体A、「アブソルート」と名乗る男のような。
そう考え、思わず喉奥で唸る。己の同類であるはずの彼は、同時に恐るべき殺人者であり、幾度かぶつかってはいたがフレグランスが勝利を収めた事はない。
膨大な魔力で捻じ伏せられ、辛酸を舐める経験は己一人のものであるならば「こう言うもの」と納得も出来た。
だが、今この場にアブソルートが現れたとして同行者達を襲ったなら───そう考えて、能天気に出来て居る筈の頭の芯がひやりと冷えた。
僕には勝てなかった、では済まない。

己の手に引かれとてとてと歩く幼子や、仲間の背中におぶわれて行く少年──子供にしては、常に酒気を帯びた息をしているが、とにかく小さい事には代わりな い──、男達の後を一歩下がって歩く控えめな少女達を、己と肩を並べて歩いてくれる男達を失う事を思っただけで、胸の奥に小さなしこりでも生じたかのよう に痛みが走った。

「考えなくちゃ」

襲い来る危険に対する術を。仏頂面で歩いていた侍が、呟きに怪訝に眼を細めて此方を見遣る。もの問いたげな眼差しの景元に代わり、「何?」と問うて来るのはその相棒の千仭であった。

「んー?」

横から間延びした声で相槌なのかわからぬものを投げて寄越す琥珀の背で、だらしなく伸びていたスパルヴィエロが顔を上げる。ポフコとさなぎもまた、伺うように見上げている。
彼らの顔が己に集中しているのに気付き、そして初めて己が思考をそのまま口に出していた事に気付いた。

「あ」

それと同時に、思い至った。想像が現実になったとして、その時は彼らも己と共に戦ってくれるであろう、と言う事に。

「あ」

「あ、あ、ではわからん」

「あー!」

「だから……」

フレグランス「あああああああああああああああ!

呆れ顔で小言を言いかけていた景元がぎょっと眼を見開いて固まった。
それに構わず、彼の肩を抱き、フレグランスは上機嫌であった。

「そうだよね!そうだよ、なんだ、凄いじゃない、凄いよ」

一人また妙なテンションではしゃぎ出すフレグランスに、仲間達は「いつもの事」と思ったか、笑顔でまた先を目指す。


『そしてその夜、夕餉の支度を終えたさなぎの元に、フレグランスは一つの提案を持ちかけに行ったんだ。それはまた次のお話。』



本所深川───新開地の夜は深い。
長く続く不可解な連続殺人に怯える人々は家の戸口を閉じて灯りも点さずに息を潜め、普段であれば夜通し商売を営んでいる二八蕎麦屋もこの所とんと姿を見せない。
それでも、夜毎殺戮者は市中の何れかに現れ、哀れな犠牲者を屠り続けている。───ある者は辻斬りの仕業だと言い、ある者は妖怪の祟りであると噂する事件の正体は、未だ知れていない。
そもそも何が死因であるのかすら町方の役人達が頭を悩ませる程に、死体は損壊しているのだ。
猜疑と恐怖、怨嗟が闇に凝り、澱のように町全体に降り積もっている。

どさり、と重い音を立てて命の灯火を消した肉塊が路地に倒れ落ちた。
粗末な着物に身を包み、白粉で肌の衰えを覆い隠した女───夜鷹。恐らくこのような夜にも商売に出なければ食い繋ぐ事が出来ないのであろう。血に塗れどす黒く染まった筵が傍らに落ちている。
その胸に突き立てられた異形の鉤爪が、ぐちゃりと嫌な音を立てて引き抜かれる。

「ふん………、面白味のない」

吐き捨てるような弁は、今しがた女の命を奪った殺人者の物。既に興味を失った獲物を一瞥もせずに、男は踵を返した。



『はつかねずみがやって来たよ、今夜のお話はこれでお終い。』


次回──第八夜:互いの実力
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自慢の逸品
余りのかわゆさに飾らずにはいられない
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