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偽島に生息する未確認生命体F:フレグランスの記録帳
2024年11月21日 (Thu)
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2009年12月03日 (Thu)

『ティムティム?』
【ブワセック!】

『お話を始めよう。これは偽の島に辿り着いた、ある怪人と、彼を取り巻く人々の物語』


第五夜:魔法陣

「僕が一緒に行くよ!」

高々と手を挙げてそう宣言したフレグランスの顔を見上げた幼子──ポフコは、大粒の涙を含んだ瞳を瞬かせた後、泣き崩れていた頬を緩めて笑った。──それは幸せに満たされた顔で。
頬を伝って行く珠のような雫と、緊張から解き放たれた心情を雄弁に語る大きな眼差しに興味深く見入る。

「そういえばフレグランスは表情が無いね」、と先日知り合った探索者から指摘された通り、フレグランスの頭部には人と同様の柔軟な表情筋と言ったものは無く──あったとしても、固く覆われた甲殻が覆い隠してほぼその変化を見分ける事は出来ない。
人間の姿に擬態して人々の間に紛れて見ても表情の動かし方が分からず、周囲に違和感を与える事もしばしばあった──尤も、この世界で試みてみた事はないが。

幼子の小さな掌が、大きく節くれ立った己の手に絡み、柔らかな熱がきゅ、と鉤爪を握る。
握り返せば何処かに棘を引っ掛けてしまうかもしれないと考え、彼女の好きにさせて共に歩き出した。

「えへへ、いっしょ、うれしいの」
「フーちゃん、あれおはなよ!ポフコのおうちにもね、おかあさんがうえたおはながいっぱいなの」

己にも増してちょろちょろと行ったり来たりとマイペースなポフコの脚が良くもつれもせずに回るものだ、と彼女の足が三、四歩歩くごとに大股に一歩、の速度で進みながら感心する。
彼女の背は人の子供よりも更に低く、長い腕を引かれれば背を屈めて往かねばならなかったが、行く先々で風にそよぐ茂みや地面を彼女が指差す度にどれ程のものを見逃しているのかを知るのは心地の良い経験だった。

何よりこれまで接した事のない幼子の挙動に一々新鮮な驚きを得ながら、思い返して見るも記憶に残る己の姿は今のまま変わらず、こうした子供の時期と言うものがあったようには思えない。
それどころか、思い出の何処を捲ってもここ一年の異形たちとの戦いの日々ばかりが蘇り、フレグランスはおや、と首を捻った。

「僕には、なかったのかなぁ」

頑是無い子供の日々が。

「おとうさんがね、おかあさんがね」

ポフコがどこか誇らしげに語るような、絶対の愛情を以って接してくれる「親」と言うものの存在が。

「わかんないなあ」

口に出して独りごちる怪人を不思議そうにポフコが見上げているのに気付かずフレグランスは首を傾げていた。見ればいつの間にか自然と探索者達が立ち止まり、人溜まりが出来ていた。傾いた首が更にその角度を増す。
「何?何かあんの?」これまで好き勝手に探索しながら歩いて来た皆が順番待ちの行列に並ぶのに仲間達もまたそれに倣う。ちょろちょろとその後ろへ付いていって見れば、振り向いたさなぎが「魔法陣ですよ」と教えてくれた。

「魔法陣!」

ざわめく人々に遮られて前が見えないのであろう、ポフコが懸命にぴょんぴょんと飛び跳ねている。
その体を爪で傷付けぬように挟み込んで持ち上げ、己も伸びをして覗いた先に仄かな光を称えた魔法陣が見えた。

「まあ、シリウス浮かぶ河、、と言うのですか、素敵なお名前」

既に記録を済ませた探索者の話に耳を傾けている少女がうっとりと目を細める。

「シリウス?シリウスってなあにさなぎちゃん」

「あの魔法陣の名前だそうです、シリウス浮かぶ河、、、シリウスとは天に輝く青い星のお名前ですよ。
あ、、、、天狼星、青星、と言えば景元さんと千仭さんにもにもおわかりになるでしょうか」

少女の言葉に頷く二人を横目にフレグランスは軽く飛び上がり、さなぎに顔を寄せた──持ち上げていたポフコごと。

「星にも名前があるの!?」

「ええ。おおいぬ座にある星なのですけど、明るくてとても綺麗で、」

「おおいぬ!?空に犬がいるの!?」

────魔法陣を踏む列が進むまでの間、星々の物語をさなぎにせがんではしきりに周囲の人々に「知ってる?知ってる?」と問いかけ続けるフレグランスは、己の振る舞いこそが頑是無い子供そのままである事に気付いてはいなかった。



『さてその日、魔法陣の記録を終えた彼らは隠し扉を探す事に……おやおや、あの小さな女の子は勢い良く壁に向かって行ったね。どうなるのかは、また次のお話』
『はつかねずみがやって来たよ、今夜のお話はこれでお終い』


次回──第六夜:ひと時の安らぎ
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自慢の逸品
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