偽島に生息する未確認生命体F:フレグランスの記録帳
『ティムティム?』 |
【ブワセック!】 |
『お話を始めよう。これは偽の島に辿り着いた、ある怪人と、彼を取り巻く人々の物語』 |
第一夜:時の神の門が開く
眠らない町、東京──使い古されたフレーズだが、使い古されるにはそれだけの説得力がある言葉なのだと知る。
眼下に見下ろす大都会は何処までも光に満ち溢れ、明々と照らされた空から、本来其処にあるべき星の輝きを奪っている。まるで地上に溢れるこれこそが銀河なのではないかと思わせる程に。
「いー加減、僕の話を聞きたまえ!」
高層ビルの屋上へ追い詰めた相手へ言葉を投げ掛けながら、フレグランスは腕を一閃した。
甲虫を思わせる装甲を纏った手首から先が、瞬時に鞭へと変じて大きくしなりながら逃亡者の膝下を捉えようと打ち据える。仕掛けられた方は最小限の動きでそれを交わし、何処からともなく歪な大口径の銃を取り出した。
銃口が青白い光を放ち、続けざまに発砲される弾を避けて跳躍するフレグランスの後を追うようにコンクリートの床に夥しい穴を穿って行く。
転がるようにして間合いを取ったフレグランスが立ち上がる頃には、額に銃口が押し付けられていた。
「好い加減にして欲しいのは此方の方だ。
何故人間風情を守ろうとする」
不快げに漏らされた声は何処かくぐもっている。ちかちかと点滅するネオンの原色に縁取られたその貌は、人には在らざる鱗と甲殻に覆われていた。追跡者であるフレグランスと同じく。
「何故って、そりゃあ僕は人間が好きだからさ」
銃口ではなく、相手の目許──闇に光る眼窩は合計六つあった──から眼を逸らさずにはっきりと言い放つ。
その答えに異形は喉奥を鳴らして哂った、のだろう。
「下らない」
引き金にかかった指が強く押し込まれる。
同時に銃口から発せられる眩い光がフレグランスの視界を焼いた。魔力が瞬時に膨れ上がり、重圧を生じて逃れようとする手足をその場に楔のように押し止める。
異形が叫んだ瞬間、彼の背には正確無比に時を刻む時計を思わせる青白い幻が浮かび上がり、銃口から発せられる光は針のようにフレグランスの体を射る。
四肢が引き裂かれるような痛みの中、フレグランスの脳裏に過ぎったものは
だった。
第二夜:八百八町に踊る影
(E№415の日記より続く)
「あんたがやったのかい?」
此方に背を向けた男が声を掛けて来た。
────あの夜、放たれた技で歪んだ時空の中へ引きずり込まれ、辿り着いた場所はフレグランスもテレビで観た事のあるジダイゲキ、と呼ばれるドラマで良く 扱われているエドジダイ、と言う場所だった。慣れ親しんだ東京の街とは似ても似つかぬその場所が、多少元の世界とは違う事くらいはこの異形にも理解出来て いる。
この時代でも現代同様に人を襲い出した己の同胞を追って飛び込んだ屋敷の中で、鉢合わせしたのだ。
彼の目の前に転がっている死骸について問うているのだろう。
残念ながら取り逃した相手が押し付けて行った小箱を開いて見ながらフレグランスは違う違う、と首を振って見せた。──相手が此方に背を向けている事は気にせずに。
「やあ、なんとこれは綺麗なものだ!」
中から溢れ出て来たものは黄金色の輝き。
どうやら千両箱、とやら言うものであったのだろう。屋敷の主が大量に隠し持っていたらしいそのキラキラとした光はフレグランスの美意識に適うものではあった。
奴はこんなものに己が惹き付けられている間に逃げようと、足止めのつもりで置いて行ったのだろうか?
そう考えると自然と笑いがこみ上げ、フレグランスは男の脇をすり抜け、屋敷を囲む塀の上へと飛び移った。
確かに美しくはあるが、邪魔になる。
手放さなければならないが、美しいものをただ放っておくのは勿体無い。
ならば人々にやってしまおう、きっと皆喜ぶに違いないから。
単純な思考回路でそう考えて、屋敷の塀を乗り越え、木戸を飛び越えて大きな通りに並んだ商家の屋根へと登る。
整然と並んだ大店から裏通りの長屋まで、消えた同類の影を探しながら小判をばら撒いて通り抜ければ何やらきゃあきゃあと人間達が騒いでいるのが耳に入り、フレグランスは余計に気分が良くなった。
そら、やはり人は面白いではないか。
夜闇に紛れて良く見分けが付かぬとは言え、己の姿を垣間見てまるでヒーローを称えるかのように嬌声を上げる娘達の声も心地良いと、そう同類へ言ってやろう かとようやく町外れの社の上に見つけ出した背へ声をかけようと足を止めた刹那、押し殺した問いが反対側から投げ掛けられた。
「アンタ、何モンだい?」
その声は、フレグランスの記憶にも新しく───先程大きな屋敷の中で聞いたそれと同じものだった。
追いかけて来たのだろうか、自分に興味を持って?
もしかしたら、友達になろうと思ってくれているのかもしれない、と都合の良い思考を抱きすらしたが、今は相手に気を取られている暇はなかった。
「僕は急いでいるんだ、」
申し訳無いのだけれど、と、そう断りの言葉を告げようとする視界の隅で、銃口が此方へ向けられている事に気付いたのだ。
あの夜のように、また何処かへ飛ばされる────そう理解した瞬間には、もう一つの気配が此方へ肉薄していた。
……二人を技の範囲から退避させる暇はなかった。再び夜を切り裂く光の中開かれた時の扉の中へと吸い込まれながら、フレグランスは「今度は三人だから一人で飛ばされるよりもちょっと心強いかも」なんて事を考えていた。
次回──第三夜:偽の島と蝶の乙女
眼下に見下ろす大都会は何処までも光に満ち溢れ、明々と照らされた空から、本来其処にあるべき星の輝きを奪っている。まるで地上に溢れるこれこそが銀河なのではないかと思わせる程に。
「いー加減、僕の話を聞きたまえ!」
高層ビルの屋上へ追い詰めた相手へ言葉を投げ掛けながら、フレグランスは腕を一閃した。
甲虫を思わせる装甲を纏った手首から先が、瞬時に鞭へと変じて大きくしなりながら逃亡者の膝下を捉えようと打ち据える。仕掛けられた方は最小限の動きでそれを交わし、何処からともなく歪な大口径の銃を取り出した。
銃口が青白い光を放ち、続けざまに発砲される弾を避けて跳躍するフレグランスの後を追うようにコンクリートの床に夥しい穴を穿って行く。
転がるようにして間合いを取ったフレグランスが立ち上がる頃には、額に銃口が押し付けられていた。
「好い加減にして欲しいのは此方の方だ。
何故人間風情を守ろうとする」
不快げに漏らされた声は何処かくぐもっている。ちかちかと点滅するネオンの原色に縁取られたその貌は、人には在らざる鱗と甲殻に覆われていた。追跡者であるフレグランスと同じく。
「何故って、そりゃあ僕は人間が好きだからさ」
銃口ではなく、相手の目許──闇に光る眼窩は合計六つあった──から眼を逸らさずにはっきりと言い放つ。
その答えに異形は喉奥を鳴らして哂った、のだろう。
「下らない」
引き金にかかった指が強く押し込まれる。
同時に銃口から発せられる眩い光がフレグランスの視界を焼いた。魔力が瞬時に膨れ上がり、重圧を生じて逃れようとする手足をその場に楔のように押し止める。
未確認生命体A「時空の狭間に消え去るがいい───『クロノス・ゲート』!!!」 |
異形が叫んだ瞬間、彼の背には正確無比に時を刻む時計を思わせる青白い幻が浮かび上がり、銃口から発せられる光は針のようにフレグランスの体を射る。
四肢が引き裂かれるような痛みの中、フレグランスの脳裏に過ぎったものは
未確認生命体F「ちょ 何その かっこよさげな 必殺技名 いつ考えたの…!?」 |
だった。
第二夜:八百八町に踊る影
(E№415の日記より続く)
「あんたがやったのかい?」
此方に背を向けた男が声を掛けて来た。
────あの夜、放たれた技で歪んだ時空の中へ引きずり込まれ、辿り着いた場所はフレグランスもテレビで観た事のあるジダイゲキ、と呼ばれるドラマで良く 扱われているエドジダイ、と言う場所だった。慣れ親しんだ東京の街とは似ても似つかぬその場所が、多少元の世界とは違う事くらいはこの異形にも理解出来て いる。
この時代でも現代同様に人を襲い出した己の同胞を追って飛び込んだ屋敷の中で、鉢合わせしたのだ。
彼の目の前に転がっている死骸について問うているのだろう。
残念ながら取り逃した相手が押し付けて行った小箱を開いて見ながらフレグランスは違う違う、と首を振って見せた。──相手が此方に背を向けている事は気にせずに。
「やあ、なんとこれは綺麗なものだ!」
中から溢れ出て来たものは黄金色の輝き。
どうやら千両箱、とやら言うものであったのだろう。屋敷の主が大量に隠し持っていたらしいそのキラキラとした光はフレグランスの美意識に適うものではあった。
奴はこんなものに己が惹き付けられている間に逃げようと、足止めのつもりで置いて行ったのだろうか?
そう考えると自然と笑いがこみ上げ、フレグランスは男の脇をすり抜け、屋敷を囲む塀の上へと飛び移った。
確かに美しくはあるが、邪魔になる。
手放さなければならないが、美しいものをただ放っておくのは勿体無い。
ならば人々にやってしまおう、きっと皆喜ぶに違いないから。
単純な思考回路でそう考えて、屋敷の塀を乗り越え、木戸を飛び越えて大きな通りに並んだ商家の屋根へと登る。
整然と並んだ大店から裏通りの長屋まで、消えた同類の影を探しながら小判をばら撒いて通り抜ければ何やらきゃあきゃあと人間達が騒いでいるのが耳に入り、フレグランスは余計に気分が良くなった。
そら、やはり人は面白いではないか。
夜闇に紛れて良く見分けが付かぬとは言え、己の姿を垣間見てまるでヒーローを称えるかのように嬌声を上げる娘達の声も心地良いと、そう同類へ言ってやろう かとようやく町外れの社の上に見つけ出した背へ声をかけようと足を止めた刹那、押し殺した問いが反対側から投げ掛けられた。
「アンタ、何モンだい?」
その声は、フレグランスの記憶にも新しく───先程大きな屋敷の中で聞いたそれと同じものだった。
追いかけて来たのだろうか、自分に興味を持って?
もしかしたら、友達になろうと思ってくれているのかもしれない、と都合の良い思考を抱きすらしたが、今は相手に気を取られている暇はなかった。
「僕は急いでいるんだ、」
申し訳無いのだけれど、と、そう断りの言葉を告げようとする視界の隅で、銃口が此方へ向けられている事に気付いたのだ。
あの夜のように、また何処かへ飛ばされる────そう理解した瞬間には、もう一つの気配が此方へ肉薄していた。
……二人を技の範囲から退避させる暇はなかった。再び夜を切り裂く光の中開かれた時の扉の中へと吸い込まれながら、フレグランスは「今度は三人だから一人で飛ばされるよりもちょっと心強いかも」なんて事を考えていた。
『はつかねずみがやって来たよ、今夜のお話はこれでお終い。』 |
次回──第三夜:偽の島と蝶の乙女
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